「一票の格差」解消、正しい道か!?


2016年5月16日


 「一票の格差」、本当に大きな問題と認識致しております。

 当落書大学が思うところは、世の中のいわゆる有識者、大先生方に

“「一票の格差」という五文字を朝から晩までじっくり眺め続けることは、是非止めていただきたいなぁ”

ということでございます。そしてまた同時に

“大先生方、お休みのベッドルームの壁には「地方格差」という4文字を掲げて、毎晩、お休みの前に眺めて下さいませ”

というお願いをさせていただきとう存じます。

 最近、確か平成27年に裁判所様が、「一票の格差」は憲法違反であるとの判断をなさいました。従いまして「一票の格差」を放置することは、法律違反行為の継続ということになりましょう。

 本落書の読者様が

“法律が間違っている!!”

と考えられたとしても、それが施行されている限り守らなければならないでしょう。

 紀元前400年頃、ギリシャの大哲学者ソクラテス先生も

“法律に従うのは当然のこと”

とか仰って、毒杯を仰がれたのではなかったでしょうか。例え悪法であっても、従うのは当然なことでございましょう。

 2014年衆議院選挙で選挙区間の「1票の格差」が最大2.13倍ありました。この状態で選挙が行われましたが、この違法選挙は裁判所の御判断で確か

“「違憲状態」ではあるが、選挙そのものは無効ではない”

との判決が下されました。

 落書大学が日頃尊敬しております江戸町奉行大岡越前守様も、多分、一目置かれるであろうような今回の御判断でございます。

 選挙無効となれば、どのような大混乱の状況になるのか、全く想像を絶する事態になるでしょう。世界中がその成り行きを固唾(かたず)をのんで見守ることになりましょうから、私達日本人としては、このような事態は是非とも避けたいですよね。

 このような事態を、とりあえず避けるためにも、平成の世に下された“大岡裁き” に、現時点では当落書大学も双手を上げ、感謝の気持ちで賛同いたします。

 何故なら、格差が1.00…という数の上での理想的選挙を何の混乱もなく実施するといったことは、現在の状況では、お日様を西から昇らせようと努力することに等しいくらい難しいことと、落書大学の学長たる私、強く思うからでございます。

 しかしながら、世の小中高大学の先生方には

“選挙は違憲ではあるが、選挙結果は有効である”

というお裁きは、到底理解し難いことでございましょう。

 落書大学を始めとする全国津々浦々の大学20有余の常勤あるいは非常勤のスタッフとして、半世紀の長きに渡って教育研究に携わりました私めには、特に理解し難いご判決でございます。
 例えばでございますがカンニングした学生さんに向って

「あなたは、校則違反行為を犯したが、カンニング行為で取った100点という結果は有効である。よって成績は優の上の秀(S)とする」

といったことを当該違反学生に申し渡す先生は、全国一人もいらっしゃらないでしょう。そしてまた

“違憲状態というのは、いけんねぇ。いけんものはいけんねぇ”

という声も、洛外の何処かに上がるのではございませんでしょうか。

 嘆き続けているだけでは、実り全く期待されないでしょう。そこで、ここは冷静に現状打開策を考えてみなければという強い思いから、私めの貧弱な脳みそを出来る限り絞り出して考えたアイディア、お目通しになっていただきましょう。

 2014年の衆議院選挙をふまえて、下記の表1のように議席を「7増13減」すると致しますと都道府県別の格差が1.788倍から1.621倍となって倍率の点では確かに改善するとの予想でございます。

表1. 2014年衆議院選挙 定数増減表


 ……あぁ、しかし、この表をじっくり見せていただきますと、私誕生の地江戸(現在東京)がプラス3なので大満足でございますが、一方において、父上の出身地滋賀、母上の出身地三重が−1、原爆被災地広島長崎がともに−1、太平洋戦争中日本国唯一の戦場となった沖縄がやはり−1となって、これらの地域は一律にマイナス1という結果になってございます。

 何となく関東一円は栄え、その他の地域は衰退という日本の現状が浮かび上がって来るなぁと思うのは、洛都に住む私めのひがみ根性からくるのでございましょうか。

“ふうっ!”

というあきらめのため息、出てしまいます。

しかし、あきらめていては進歩はございますまい。気を取り直しましょう。

“違憲ではない! 当然、選挙は有効である!”

というご判断を国民の皆様にしていただくためには、一体どうすればよいのでしょうか。

 考えに考え抜いた結論は次の通りでございます。すなわち

 思い切って完全に1.00……にすることを考えてほしいというお願いでございます。

 ……しかし、私のこんな願い即刻否定されることでございましょう。それは、このような事態になれば、例えばでございますが、江戸はプラス7我が洛都はマイナス2というような思いもよらない結果になりましょうから……。

 こういうことになると、もはや大きな問題捨ておけない問題と考えて、例えば 1.5でもって格差完全解消と考える、これでいきましょうという国会決議がなされるかもしれません。しかし、これでは永久解決とはいかないでしょう。

 多分、政治体制がかわるごとに、

“1.5→1.2だ!”

“いや、いや、1.5→1.7だ!”

という、全くうんざりするような議論が連日延々と国会で繰り返され、テレビニュースで流されることになるでしょう。蒸し返し蒸し返し、議論が果てることなく繰り返されるでしょう。

 本落書大学の主張は以下の通りでございます。

“5年ごとに区割り改定”

という手法で50年すなわち半世紀後ぐらい後に、1.0という数の上での理想状態にもっていくという報いの少ない牛歩の努力を重ねるよりも

“大都市圏 ⇒ 地方”

に向う人口の流れを早急につくるべし、この流れの中で格差を解消すべしということでございます。すなわち

“人口構成年齢層を可能な限り理想的に分布させることを最大限に順守すること”

を条件に、少しずつ50年計画ぐらいで

“人口の完全分散化”

をはかるべし、上記条件のもとに半世紀の時間をかけて理想的に実現すべし、という主張をしとうございます。

 現在、当落書大学が日夜心を痛め、心配していますことは以下の通りでございます。

“現在の我が国に見られるような人口の大都市圏への集中化、特に首都圏への集中化という憂うべき状況は地震津波等々によって引き起こされる甚大な災害、あるいは急激に進む気象変化に伴うメガ台風の襲来あるいはメガ豪雨による河川の大氾濫等々の事態に対して、極めて危なっかしい脆弱(ぜいじゃく)な構造となっている”

ということでございます。

 人口の完全分散化50年の歩みの中では勿論、江戸、洛都、奈良……全国至る所に存在します貴重な歴史的伝統文化を最大限に守り育てつつ行わねばならないという大きな覚悟が必要であることは申すまでもございません。

 単に格差1.00を実現すること、人口を一部に集中させたまま数合わせだけで突き進めば我が日本の国土37万平方キロメートルは、実質的には太平洋上に浮かぶハワイ島1万平方キロメートルぐらいのサイズの島国となりましょう。荒廃した野山は、あぁ、あぁ、あぁ、ペットの犬や猫が野生化し、野良犬、野良猫そして外来動物の天下となり果ててしまうことでしょう!

 この意味で人口の理想的分散化50年計画は、我が国が直面する最大の課題であることが明白でございましょう。このことにより
が促進されることでございましょう。

 政治家の諸先生そして世の有識者の先生方には、ベッドルームの壁に是非ぜひ 「一票の格差解消!」と同時に「地方の格差理想的に解消!」 という二枚のポスターをお貼り下さいますよう、改めて心よりお願い申し上げます。


 “ヨーロッパでは”、“米国では”と海外を盛んに引き出す方々のことを出窒フ守(かみ)をもじって“ではの守”とか申しますよね。私、この“ではの守”というお役人様の身分、好みではございません。されど、ここでは悩み抜いた末、一大決心で“ではの守”にならせていただきたく、よろしくお願い申し上げます。

 海原(うなばら)を越えたお隣の国合衆国では、というお話でございます。
 この国では首都ワシントンに人口集中、企業も大学も首都ワシントンに集中といったことにはなっていないと伺っております。因みにワシントンの人口は65万人、我が洛都の半分程度の人口でございます!!

 ワシントンには

“ホワイトハウスがあります!”

“ペンタゴンがあります!”

“ポトマック河畔の桜並木があります!”

“沢山の美術館、博物館があります!”

“世界最大規模の米国議会図書館があります!”

というご自慢の数々は沢山にありましょうけれど……。

“そうか……、アメリカを代表する巨大都市ニューヨークは首都を外されていたのだったなぁ”

との思いを改めて深める方々は少なくないでしょう。

 しかしそんな思いをもう少し深くしていただきましょう。ニューヨーク市は、何と何とオールバニー(Albany)という人口僅か9万5千人という人口を尺度にすればニューヨーク市の約90分の1という非常に小さな都市にニューヨーク州の州都の座をも譲っているのでございます!
 我国都道府県庁所在都市でオールバニーのような例の都市はございますのでしょうか?

 ニューヨークだけではございません。カリフォルニア州の二大有名都市、ロサンゼルス、サンフランシスコも、仲良く州都の座を人口46万の小さな都市サクラメント(Sacrament)に譲っています。
 因みにサクラメント市には私こと1970年代の大昔、訪問したことがございます。市民の一人が、私に誇らしげに語った言葉、もし聞き違えであれば平にご容赦願いたいですが、今も耳底に残ってございます。

“我がサクラメント市は全米を代表する図書の中心地です!!”

“それ本当? ワシントンではないの?”

と半信半疑で聞いた言葉でございました。

 同じように、米国中西部に所在し、穀物取引の一大中心地となっている巨大商業都市シカゴもまたイリノイ州の州都ではなく、その座を人口約25万人の小さな町マディソン(Madison)に譲っております。

 東部ニューヨーク、中西部シカゴ、西部ロサンゼルス、これらの都市は米国でも屈指の巨大都市ですが、何れの都市も州都の座を近くの小さな都市に譲っています。小さな都市、大きな都市夫々が胸を張って堂々たる存在感を示しています。

 都市だけではありません。合衆国50州のそれぞれの州が、大きな誇りをもって存在しています。

 都市のこのような状況に呼応しているのでしょうか、有名私立大学、有名州立大学も地域的に見事に分散しています。学生さん達はそれぞれの州、あるいは隣接する州の著名大学に学び卒業することを夢と誇りとするわけです。
 因みに米国では入学することよりも卒業することに遥かに大きな喜びを感じると聞いております。我が日本とは全く180度異なるわけでございます。

 ……しかし、あぁしかし、以上のような発言を致しますと

「米国ばかり見ないで下さい。イギリスはロンドン、フランスはパリ、イタリアはローマ、ロシアはモスクワ、中国は北京、日本は東京で当たり前なんですよ。米国は例外なんです!」

「それに日本国は米国の一つの州、テキサス州の半分ほどの大きさではないですか! 米国の現状を羨ましそうに語る暇があれば、米国地図を広げてじっくり眺めて御覧なさい! 米国とだけ比較することは間違っています。ごちゃごちゃ言うのはおやめなさい!」

といった厳しい言葉を投げかけてこられる方もいらっしゃって、私の口は全く封じられてしまうのです。

 このお言葉に、しっかり反論するには本欄のスペースは余りにも小さいでしょう。また、本題「一票の格差」から大脱線した話となることを恐れます。恐れながら、この話題は割愛させていただきましょう。

 しかし、逆に言いますと、「一票の格差」という問題は、我国だけではなく他国例えばお隣の国米国のことも、頭の中に入れて考えねばならないという程大きな問題であることが分かるでしょう。

 十分過ぎるほどの長いとても長ーい反省の期間があったにも拘らず大都市圏、特に首都圏に人口を集中させ、こんな格差を作ってしまった私達国民全て、一人ひとりが謙虚に反省しなければならないことであると申しあげて、本欄を擱筆させていただきたく存じます。


 「一票の格差」が数の上でのみ完全に解消された時、過疎化が進む地域の声は、全く中央に届かなくなるでしょう。衆議院議員の先生方は、どうしても選出された地域のことをより積極的にお考えになることでしょう。この傾向を嘆きこんな姿勢を責めることは、私の好みではございません。

 勿論地域活性化担当大臣様は全身全霊を尽くして奮戦していらっしゃるでしょう。しかし、一担当大臣のご努力で十分なのでしょうか。こんな大問題には国会議員全体、オールジャパンで臨んでいただいても決して大げさではない問題かなと存じます。

 以上、恐れながら申し上げた問題、つまり地方の過疎化の進展、首都圏大都市圏への人口集中化の問題を、明日いや今日にも起こるかもしれない未曾有(みぞう)の大災害の可能性を念頭に置かれまして、国家最優先の重要課題として、国会議員の先生方は寝食を忘れて取り組んで下さるよう、私め伏してお願い申し上げる次第でございます。


追記その1:洛都に文化庁!!

 本落書文脱原稿直前に

“洛都に文化庁移転”

とのニュース、テレビにて知りました。国のご努力、改革への御姿勢、有難く存じております。

 洛都の文化庁が北は北海道から南は沖縄に至る我が国の貴重な伝統文化を保存し発展させるとともにグローバルな視野に立って我が国の文化を海外に広く認知させるための努力を重ねていただければと祈念いたします。

 紀伊、阿波、摂津の国々にも、中央省庁の移転の話がございますとか……。是非ぜひ実現されますよう心の底より願い、切望する次第でございます。

 何故中央省庁の地方への移転、分散配置が首都への人口集中を緩和するのでしょうか。大いにあります!!具体的に分かり易く説明させていただくことができます。
 このことについては機会があれば落書文にて、将来、拙見を述べさせていただきましょう。


追記その2:阿波の国に消費者庁!!

 昨年2015年より数名のお役人様が江戸町よりいらっしゃいまして、阿波の国徳島の町の御役場におきまして試行的なお仕事をなさっていらっしゃいます。
 2016年度より数十名のスタッフの皆さんが試行的な勤務を開始とか伺っております。明治初めには我が国10大都市のひとつであった阿波の国徳島市の完全復活期待しています!!


追記その3:紀伊の国に総務省統計局!!

 紀伊の国和歌山の町にも総務省統計局の試行勤務が始まっているとのことでございます。 和歌山市もまた明治初年には全国八大都市として堂々たる存在感を示していたわけでございます。徳島市同様、完全復活を望むのは私め一人ではないでしょう。地方活性化は、全ての人が待ち望んでいることでございましょう。

 ここ二、三年のお国の方針大歓迎でございます。明治初年に10大都市に入っていた都市が今や40位50位にも入れないという(人口の上での)いわゆる地方都市の凋落ぶりは戦後繁栄の中で進んだ首都圏関東圏への人口集中化、ゆがんだ発展を象徴的に表すものと言えましょう。 人口構成年齢層を理想的に保った形での地方の活性化に国は益々力を入れて下さいますよう、心よりお願い申し上げます。

 この努力こそが「一票の格差」を解消するための王道でありましょう。



追記その4:アダムズ方式の話

 皆さまはロシアの文豪トルストイ先生の童話風お話にしばしば登場する可愛い小悪魔ちゃんをご存知でございましょう。

 この小悪魔ちゃん、私めの落書文にしばしば登場致します。余談でございますが過日アップロード致しました下記:

『"リニア中央新幹線"技術の世界で認められているのか!?』

では頻繁に登場し、嫌味(いやみ)たっぷりの言葉の数々を投げかけて参りまして、私めを散々に悩ましていたのでございます。

 本落書文の結びの部分に、本日、筆を走らせていましたところ、一筋の紫色の煙ともに床から姿を現したのでございます。独特の笑い声をあげながらこう話しかけてきます。

“ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふうー。先生もう落書文のお開きとされるのですか?!
 まったーく、あーきれた!話にならない! ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふうー“

と私の耳元でささやきます。

 以下は私めと小悪魔ちゃんとの会話です。心落ち着けてお聞き下さいませ。なお、ここでは紙幅節約のため小悪魔ちゃんを単に“小”と短く呼ばしていただきましょう。

小:「学長先生、これでお話を終わりにされるおつもり?アダムズ方式については全くご存知ないみたいねぇ……」

私:「えっ!アダムズ方式? 詳しくは知らないよ……。ただ『一票の格差是正』についてのテレビニュースの中で耳にはしていたけどねぇ……」

私:「ヨーロッパのどこかに日本そっくりさんの国、つまり『一票の格差』が問題となっている国があって、そこで考えられた方式なのかな、というぐらいに簡単に考えていたのだよ」

小:「全く呆れてものが言えない。よーくそれで、『一票の格差』についての落書文をお書きになりましたね」

私:“うーん(無言)”

小:「学長さんが“ではの守”になってお話されていたあの米国でのお話ですよ!恐れ多くも第6代大統領(任期1825―1829)J.Qアダムズ様がお考えになった方式なのです!」

私:「えっ!えっ!えっ!えっ!それ本当!? アダムズ方式のアダムズはあの大昔の米国大統領のこと!?本当!?」

私:「アダムズさんが大統領を務めたのは確か19世紀、日本では江戸時代だよ!それから21世紀の『一票の格差』の問題で夢、幻のように浮かび上がって来るとは……。これはあり得ないねぇ!」

私:「ぺリーが浦賀に来航し、第13代大統領(任期1850―1853)M.フィルモアさんの国書を渡し開国を迫ったのが1853年だからそれよりも30年も前、つまり一世代も前の大統領アダムズさんの頃の米国の国情が、今の日本のそっくりさんだったのかなぁ……。東部のニューヨークかどこかに人口が集中し、官庁、大学、企業の本社なども皆ニューヨークに集中し他は過疎化が進んでいたのかなぁ……。参った、参った、全く分からない。世の中、全く分からない」

小:「アダムズ方式を一票の格差解消のために適用しようということをお考えになった有識者の大先生方は、どうみても学長先生よりも遙かに立派な業績をお持ちの先生方々ですよ……。アダムズ方式に異論を唱えたりしたら先生は非常識者ってことになりそうですよ。ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふうー」

 こんな会話でした。

 私がすっかり当惑している様子を見ると、十分嫌味を言うことができたと満足したのでしょう。一筋の煙とともに床の下に消えてしまいます。

 小悪魔ちゃんが姿を消すと部屋の中はひっそり。私は深々と考え込みます。

“ふうっー”という深いため息が何度も出てきます。

“やっぱり外国のアイディア直輪入方式か……”

という失望のつぶやきに対しては、どこからかこんな声が聞こえてくるでしょう。

「お黙りなさい!アダムズ方式は有能な有識者の先生方が内外の方式を調べ尽くされた方式に違いないのです!ごちゃごちゃ言うのはおやめなさい!」

という厳しい叱責のお言葉をあびることになるかもしれません。

 ……しかし、しかしでございます。この外国アイディア直輸入方式の例は我国においては枚挙に暇(いとま)がないのでございます。

 例えばでございますが、私めの記憶では、大きな問題となりました「個人情報保護問題」についてはドイツを中心とするヨーロッパで、1970年代に入ってゆっくりと検討が始められ、その内容が次第に豊かになっていきました。いわゆる情報化の進展のペースに合わせて、「個人情報保護問題」に関するルールもゆっくり、ゆっくり進化していったのでございます。背丈の成長とともに身の丈に合ったルールを十分な時間をかけて作ってきたのです。

 ドイツ以外のヨーロッパ各国もネット社会の進化のペースに合わせて、「個人情報保護問題」もゆっくり成長していったのでした。

 1980年9月、OECD(経済協力開発機構)は周知のOECDガイドラインを採決したのでございました。
この採決を受けて世界の国々は「個人情報保護問題」への対応をゆっくり開始したのでございます。

 ドイツを中心とするヨーロッパ諸国に遅れること実に約30年、幾つかのアジア諸国にも大幅に遅れまして、やっと2000年頃より、我が国においても「個人情報保護問題」が俄かに、重要な問題となったのでございます。全くの話、俄かに始まったのです。

 インターネット化された国際社会の中で、このまま「個人情報保護問題」を放置すれば、日本はネットワーク化が進むこの世界の中で孤立する危険にさらされたのでした!

 「個人情報保護問題」に関するルール、すなわち個人情報保護問題の先進国からのルールが、急遽、直輸入の形で導入されたのでした。全く身の丈に合わないルールの直輸入でございます。

 憐れ私めが親しくしていた洛都の印刷屋さん、色々な団体からの名簿を作ることで生涯を送ってこられたのでしたが、「個人情報保護問題」の大きな壁が突然に目の前に現れ、2000年を過ぎた頃倒産の危機にさらされたのでございます。突然巨大な大波が目の前に現れたのでございます。

 洛都の印刷屋さんだけではありません。例えば江戸に本部のあります電子情報通信学会様(会員数当時約4万人)の名簿は、実に分厚さ6センチぐらいの堂々たる名簿(自宅住所、電話番号ともに記述)でしたが、これが1999年、すなわち2000年頃という時期に出版されています。

“こんな分厚い名簿が作れたのは当時世界の学会の中でも日本の学会だけではなかったでしょうか。”

“……我が国はそれ程に遅れていたのでございます。こんな状況の中で突如目の前に現れた巨大な壁、この名簿をお作りになった江戸の業者様、現在もビジネスを続けていらっしゃいますのでしょうか”

“ヨーロッパでも同じようなことが起こったのでございましょうか?”

“ドイツ以外のヨーロッパのどこかの国で突然に「個人情報保護問題」の大きな壁が現れ、名簿印刷等の仕事をしていた業者さんが次々と倒産したのでしょうか?”

 なにとぞ今後は物事は早くに準備を開始されまして、突然の外国ルール直輸入方式は十分慎重になさって下さいませ。ゆるゆると導入して下さいませ。

 さて、こんなことを目の当たりに苦々しく経験してきた私め、

“あつものに懲りてなますを吹く”

の類かもしれません。

“えっ!えっ!えっ!またもお得意の外国直輸入方式でございますか?”

“我が国は我が国で身の丈に合った方法を考えるべきではないでしょうか……”

と思った次第でございます。

勿論、現状ではこのアダムズ方式がベストである可能性もありましょう。私めの考え全くピント外れでございましたら有識者の先生方、平にお許し下さいませ。

 なお、有識者の先生方(敬称略)は『「衆議院選挙制度に関する調査会」(第5回)議事』(衆議院Webサイトより)によれば以下の通りでございます。

佐々木 毅佐藤 祐文
荒木 毅曽根 泰教
岩崎 美紀子並木 泰宗
大石 眞平井 伸治
大竹 邦実堀籠 幸男
加藤 淳子町村 信孝
萱野 稔人川端 達夫
櫻井 敬子林幹 雄



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